2017-10-01

藤岡ゼミ

今夏、「藤岡ゼミ」という学生対象の企画をスタートさせました。

目的は以下の通りです。
少子高齢化やテクノロジーの発展などにより、世界は目まぐるしく変化している。そのような先が不透明な時代において必要とされるのは、常に学び、多種多様な人々と協働して問題を解決する力である。それを向上させるきっかけの一つとして、松本市の社会課題について情報共有を行い、その解決策を考え提案する機会を提供する。
具体的には、松本市の社会課題に関する研究及び参加者による問題意識の共有を前提として議論し、解決策を考え、提案を作成します(松本市議会に請願・陳情という形で提出する予定)。

この企画のポイントは、「学生が主役である」ということ。彼ら自身が提案することに意味があります。自分の行動によって社会が良い方向に変わる。このような体験を積み重ねることで、自らの可能性に対して自信を持つことができます。

もう一つ大事なのは、「チームで取り組む」ということ。各自が強みを活かし、動きながら考える。テクノロジーを用いて、コミュニケーションを充実させる。随時、創出したアイデアを基に改善しながら思いを形にしていく。このスタイルを実践することで、参加者にコラボレーションの面白さを体感してもらいます。

意見交換をするだけでなく、チームを結成して行動を起こし、必要に応じて修正しながらビジョンの実現に向かって前進する。この重要性を多くの学生に伝えていきます。

2017-02-21

2017年のアクション

備忘録も兼ねて、今年のプランを記しておきます。

まずは、大学との共同プロジェクト(国際交流イベント、学生のエンパワメント、自分自身の研究活動、など)。遠方にある大学と連携する場合は物理的距離が問題になりますが、今はオンラインで情報を共有できるので、それを最大限に活用した上でマネジメントとディスカッションを実施する予定です。

ここで、僕の研究活動について補足しておきます。テーマは「教育とデジタルテクノロジー」。学生時代は「個人に対する教育支援を目的としたデジタルメディアの構築」に取り組んでいましたが、大学を離れてからは「デジタルアートを媒体として生み出される共創空間がどのような教育的効果をもたらすのか」という点に注目して研究を進めています。

続いて、すでにライフワークとなっている定禅寺ストリートジャズフェスティバル(仙台で毎年9月に開催されている市民音楽祭)のサポート。基本的には当日のみの参加ですが、「インターネット経由で実行委員会の皆さんにアイデアを提供する」という形でプロデュースに関与していきます。

定期的な寄付及び意見交換を通して、認定NPO法人フローレンス(病児保育・小規模保育・障害児保育・赤ちゃん縁組・働き方革命)と認定NPO法人日本ファンドレイジング協会(寄付と社会的投資により非営利セクターを活性化させる)への参加も継続します。特に、後者が実施している社会貢献教育については、教育を志す学生たちとも力を合わせ輪を大きくしていきます。

「子どもたちや若者の才能が開花することで、世界はもっと面白くなる(日本面白すぎる!と言われる)」というビジョン。これが一連の活動を下支えする僕の思いです。彼らが持てる力を存分に発揮すれば、わくわくするコラボレーションが次から次へと生まれ、未来は色鮮やかで楽しいものになると信じています。

これから先もこの思いが変わることはないでしょう。次世代が持つ爆発的パワーは新しい世界そのもの。そこから大いに学び、かつ、何事も面白がる。これが僕の生き方です。

2016-11-07

面白い人生を創る

仕事柄、高校生から進路相談を持ちかけられることが多いのですが、そのたびに、10代で明確な進路を定めることの難しさを痛感します。僕自身も彼らと同じように悩み、時には遠回りしながら自分の人生を創り上げてきました。今回は、その軌跡を振り返りながら、「面白い人生を創る」というテーマで話を進めていきたいと思います。

僕は小学生のときから教師という存在をあまり信用しないという、かなりひねくれた人間でした。それだけでなく、まわりの学童たちが作り出す過剰な同調圧力にも違和感を抱いていました。大人たちから見れば、扱いにくい子どもだったように思います。基本的にそういうスタンスなので、勉学については大人を頼らず自分で責任を持って進めていました。

義務教育がもうすぐ終了というとき、進路選択の問題が浮上しましたが、これについては特に悩んだ記憶がありません。学ぶことは大好きだったので自然と成績は上位へ。「学びの世界を広げたい」という気持ちが湧いてきたため、松本深志高校に進学することに決めました(父が同校出身者ということもあり、僕にとっては身近な学校という認識でした)。

高校時代は中学とは比べものにならない高度な内容と予想以上に速い授業進度に戸惑いながらも、英語や数学を中心に面白さを感じながら学んでいました。先生方や学生たちは中学とは違って多種多様で強烈な個性があり、つい議論を挑みたくなるような一筋縄ではいかない人たちばかり。きっとこれが松本深志高校が長い年月をかけて継承してきたユニークな校風なのではないかと思います。

このように、高校生活は刺激溢れるものでしたが、唯一進路選択だけはもどかしさがありました。入学した時点で大学進学以外の選択肢が考えられない空気があり、それに違和感を抱いたことも。今思うと、これは単なる思い込みで、その気になれば別の道を選ぶこともできました(広い視野で物事を見ようとしなかった自分の責任です)。その後、紆余曲折を経ながらも、生涯をかけて取り組みたいことが見つかったので、人生どうなるか分からないというのが正直なところです。

ここで、どんなプロセスを経てきたか、具体的に述べてみます。

高校1年のときは、ロボットに関心があったので東京工業大学への進学を考えていました(当時ロボットコンテストで異彩を放っていたのが、この大学だったのです)。

高校2年の終わり頃、物理と化学への興味が薄れてしまったため、学問内容の再検討を余儀なくされることに。そんなとき、部活動で「後輩を成長させることがチームビルディングのカギ」ということに面白さを感じていたので、そこに数学への思いが結びつき、新たに「数学教育」という道が目の前に現れました。

最終的に数学教育が学べる大学を受験し合格。しかし、ここで迷いが生じます。4年間数学に没頭するのではなく、自分はどちらかというと教育そのもの、特に教育心理学や臨床心理学について学びたいという気持ちに気づいてしまいました。これを受けて、1年後再受験し、東北大学教育学部に進学することが決まりました。

大学入学後もいろいろありました。臨床心理学については大学の前半で諸事情により断念し、教育心理学や認知心理学に傾倒するようになります。また、インターネットの商用利用が活発化したという時勢を踏まえ、デジタルメディアデザインへの関心も高まりました。「この技術が発達し普及すれば、世界中のより多くの人に教育や相談の機会を提供することができる」と思い、ものすごくわくわくしたことを覚えています。

この思いがモチベーションとなり、大学の後半は「教育とデジタルテクノロジー」というテーマで研究を進めました(この活動は現在も継続中です)。音楽好きが高じて、音楽祭プロデュースにも取り組むようになりましたが、ここにも「次世代の育成」「デジタルメディアを活用したPR戦略やコミュニケーション」といった形で大学時代の研究が活かされています。

この経験を踏まえて、僕はあることを実現したいと思うようになりました。それは「子どもたちや若者の才能が開花することで、世界はもっと面白くなる(日本面白すぎる!と言われる)」というビジョンです。世界では連日悲しいことが起きていますが、このような状況でも、多くの子どもたちや若者の爆発的パワーを解放することができれば、沢山の笑顔が生まれ明るい未来を創ることができると信じています。

もちろん、彼らに未来を丸投げするわけではありません。むしろ協働して面白いことを創りたい。これが僕の素直な思いです(これを書いている時点で、ものすごくわくわくしています)。ぜひ僕にやりたいことや悩みを話して下さい。少しでも良い方向に行くように、一緒に考えアクションにつなげていきます。発信と行動。これが面白い人生を創る秘訣です。

2016-08-31

多様性を許容できる国

興味深い国の一つであるシンガポール。その民族構成は、中華系74%、マレー系13%、インド系9%、その他3%となっており、文化的背景の異なる人々がどのように暮らしているのか、いつも気になっています。政治については賛否両論あるかと思いますが、資源のない小さな国が存続するためにはある程度やむを得ないのかもしれません。

僕自身は、大学時代に国際交流イベントをプロデュースしたことがきっかけとなり、多文化共生について考えるようになりました。最近は、海外旅行を含め、可能な限り多民族及び多国籍な環境に身を置くようにしています(プロデューサーとして参加している安曇野国際音楽フェスティバルもその一環です)。

今夏、「国とは何か」というテーマを掲げ、シンガポールを再訪しました。歴史や運営システムを学んだ後に街を歩いてみると、以前とはまた違う景色が見えてきます。「イギリスによる植民地化」「第二次世界大戦における旧日本軍の侵攻」「マレーシアからの分離独立及び経済成長優先の国家運営」という時代を経て、このユニークな国は先進国の仲間入りを果たしました。

昨年、建国の父であるリー・クアンユー元首相が逝去したということで、今回の旅はその追悼の意味も含まれています。統治手法については批判もありますが、まずは国民が生きていかねばならないということを考えれば、彼が建国時に掲げた行動指針とその成果は十分評価できるものではないかと僕は思っています。

現在も資源がないという状況に変わりはないので、他国との関係を考慮した上で人々が暮らしやすい環境(経済的安定と安全保障)を維持することが最重要課題と言えるでしょう。リー・シェンロン首相(リー・クアンユー氏の長男)による舵取りと国民の選択がどのような未来を創り出すのか、今後の動向が注目されます。

一方で、日本はどこに向かっているのか。シンガポールから帰国する途中、この問いについて考えていました。今は、テクノロジーの発展によりあらゆるものが目まぐるしく変化しています。これがさらに進めば、国と民間の間にある境界が曖昧になるだけでなく、いずれ「日本」という概念さえも大きく変わってしまうのかもしれません。

今回の旅で、僕はビジョンを描きました。それは「多様性を許容できる日本」です。幼い頃から過剰な同調圧力に対して強く違和感を抱いてきた者としては、この国はまだまだ生きづらさがあります。大きく変化する時代であることを踏まえ、今こそ新しいフェーズに進む絶好のタイミングではないでしょうか。

2016-07-13

市民音楽祭

仙台には「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」という市民音楽祭があります。毎年9月上旬に行われており、2日間で75万人の観客が訪れる一大イベントとなっています。

屋外に複数のステージ(46ヶ所)を作り、同時に演奏をするのが、この音楽祭のスタイルです。初めて見たのは、東北大学に進学した年の秋。それまで、このような光景は見たことがなかったので、本当に衝撃的でした。

もう一つ気になったのは「出演者とスタッフが一緒になってステージを創る」という点。出演者は運営協力費を支払い、また、出演者全員でステージを設営及び撤収する。スタッフによるプロデュースも完全に手作り状態。これはまさに「市民のお祭り」であり、新しいコミュニティの形成にもつながっています。

この考え方に影響を受け、仙台では様々な市民音楽祭が生まれました。その中には、学生を中心とした野外フェス「伊達ロックフェスティバル」も含まれています(東北大学軽音楽サークルの有志が具現化しました)。

僕も立ち上げメンバーとしてアイデアを提供させてもらいました。このときの顔ぶれを見てみると、ほとんどが積極的に学外で活動している人たちでした。社会とのつながりを意識していたからこそ、新たな知見を持ち帰り、それを熱い想いと掛け合わせることができたのではないかと思います。

このような経験がきっかけとなり、僕の地元である松本でも市民音楽祭を実現できないか考えるようになりました。SNSなどを通して同志が集まったことにより、1年間の構想期間を経て、2005年に松本ミュージックフェスティバルが誕生しました(2011年まで開催)。

「市民音楽祭」というコンセプトとの出逢いは僕の人生を大きく変えました。これはNPOの可能性について考える転機にもなったように思います。今後は、NPOの持続性を高める運営システムを模索しながら、いくつかのチームで実践を継続します。

2016-05-31

読書の時間

僕は大学に入学するまで読書の習慣がありませんでした。

小学生の頃は、ドリトル先生シリーズ、ファーブル昆虫記、偉人の伝記をたまに読む程度。中学生になるとシャーロック・ホームズに熱中したものの、それ以外には興味を示さず。高校時代は夏休みに課題図書が出されましたが、何を読んだのかさっぱり覚えていません。そのせいなのか、定期テストや入学試験としての国語は常に足手まとい状態。抽象的で長い文章を読むのがストレスだったことだけは記憶に残っています。

浪人時代に現代文と小論文の講座を受けたとき、読解や文章表現に対する考え方が少し変わったように思います。しかし、読書にはほとんど取り組まず、そのまま大学へ。

大学一年目の春。ここで転機が訪れました。今まで読書をしようと思わなかった自分が、自ら本を選んで読むようになったのです。講義以外の時間を有効に使うための合理的な行動だったのかもしれませんが、一番の理由は入学時に味わった「悔しさ」ではないかと思います。

友人たちと議論をしたとき、自分の知識量の少なさや考えの浅さを痛感し、「このままではいけない」と強く思ったことを覚えています。自分は今まで受験勉強ばかりで世界については何も学んでこなかった、つまり、自分のことばかりでまわりが見えていなかった。そのことに気づいた瞬間でした。

このときから、自分から動いていろいろな世界を見たいと思うように。大学の講義だけでなく、読書、サークル、アルバイト、旅、社会人との交流、音楽祭プロデュース、など、やりたいと思ったことは全て実行。この経験によって、自分の中に様々な視点や考え方が生まれ、日々面白がりながら生きるようになりました。

読書の内容については、大学時代は主に新書や専門書、社会人になってからはそれらにビジネス書が加わるのですが、小説だけはどうしても量が増えていかないのが悩みです。村山由佳の作品に傾倒した時期もありますが、今はあまり興味がありません。

ある教え子から「三島由紀夫は読んだ方が良い」と言われましたが、重い内容がハードルとなり、なかなか手が出せず。「まずは潮騒から入るべし」ということだったので、とりあえず読んでみることにしました。結果的には、三島ならではの知性溢れる文章と格闘しながらも、「心底から面白いと思える作品に出逢えて良かった」というのが正直な思いです。

他の教え子たちからもいくつか作品を教えてもらい、一通り目を通してみたところ、僕が今読みたいと思うものはどうやら「時間をかけてじっくり味わえる(格闘できる)、含蓄ある表現が満載の作品」のようです。

今は、「どくとるマンボウ航海記(北杜夫)」と「ふらんす物語(永井荷風)」に取り組んでいるところ。その後は「恋の都(三島由紀夫)」に移行する予定です。また、さらなる挑戦として、英語で文学を読み、新たな世界を旅してみたいと思っています。

2016-05-29

人生の五箇条

自分の頭で考える。人の話を聞く。自分と向き合う。チャレンジする。ベストを尽くす。この人生の五箇条は、先人たちの知恵と僕自身の経験が結びつくことにより生まれました。まさに時代を超えたコラボレーション。今後も、様々な学びを通して、自分の哲学を磨いていきたいと思います。
《自分の頭で考える》

情報に触れるとき、必ず自分の頭で考えて取捨選択する。これは、自分の人生に責任を持つということである。義務教育期間中は親や先生がある程度導いてくれたかもしれないが、その後は基本的には誰も面倒を見てくれない(多様性溢れる世界の中で生きるための準備期間及び地球上で生きる生命としての責任を自覚するための研修期間と言える)。つまり、自分の人生は自分で創るということである。

《人の話を聞く》

二人以上集まって何かを行うとき、対話が必要になる(共有、議論、交渉、など)。このとき、相手の話を聞く姿勢がなければ一方的な言葉のぶつけ合いになり、結果的に人間関係の悪化、プロジェクトの迷走、社会情勢の不安定といった事態を引き起こしやすくなる。これは相手の意見をそのまま受け入れるということではなく、その内容について考えた上で自分の意見を述べるということである。

《自分と向き合う》

特に自分の「弱さ」と向き合うことが大切である。例えば、十分な勉強量を確保しているにもかかわらず学力が上がらない場合、自分と向き合うことで分析が可能になる(時間をかけている割に集中していない、いろいろな問題集に手を出して全て中途半端になっている、など)。これにより、「解決策を考えて実行する」という行動が生まれる。逆に、自分と向き合わない者は問題の本質を見抜くことができない。

《チャレンジする》

次の道が見つからないとき、不安に駆られることがある。その不安はどこから来るのか。それは自分である。自分の頭で考えることの大切さを冒頭で述べたが、これは諸刃の剣になることもある。つまり、考えすぎて不安を生んでしまうのである。このようなときは、一旦考えるのをやめ、やりたいことにチャレンジするとよい(規模の大小は問わない)。その経験が次の道を選ぶためのヒントになる。

《ベストを尽くす》

今取り組んでいることが良い結果に結びつくかどうか、不安になることがある。自分の頭で考えることは大事だが、考えすぎて不安にとらわれてしまうと、モチベーションが低下し行動を起こせなくなる可能性がある。このような事態を回避するためには、今やるべきことに集中すること、つまり、ベストを尽くすことが大切である。これにより、自分本来の力が引き出され、良い結果を導くことができる。