2019-11-02

日本と台湾

今年の8月に初めて台湾を訪問しました。中国との緊張関係が続いていますが、その一方で、親日派が多いことで有名な地域です。そのことを現地で体感しながら、台湾の未来や日台友好のあり方について考えてみたい。これが今回の研究テーマです。

台北市内に日本統治に関する資料館があり、そこで1946年1月1日に台湾で創刊された新聞「人民導報」の記事を読みました。印象的だったのは「本紙は、若者たちに対する教育(中華民国の国民が持つべき価値観を教える)と居留する日本人たち(当時、約40万人)に対する教育(帝国主義及び軍国主義からの脱却)を目的として創刊された」という内容。

人民導報は日本語で書かれていました。これについては、50年間、日本化政策の一環として日本語による教育が行われていたので、「しばらくは日本語を使いながら、少しずつ中国語による生活に移行させる」という意図があったのではないかと思います。もし、反日感情が強ければ、日本軍や居留する日本人はすぐに追い出されていたはずですが(報復を受ける可能性もあった)、人民導報創刊時のメッセージを見ると、台湾人だけでなく、居留する日本人の未来まで考えていたことが分かります。

日本統治時代は農地改革、公衆衛生の改善、インフラの整備に加えて、教育が充実していました。日本化を目的としたものではありましたが、高等教育も受けられるシステムだったので、その中でリーダーが多く育ちました(その後、彼らは台湾の民主化と経済発展の中心的な存在となります)。

こういった人たちのおかげで、日本と台湾は今でも友好関係を築けているのではないかと思います。つまり、彼らは、台湾全体で「日本統治時代の良い部分と悪い部分、両方踏まえた上で、台湾の未来や日本との関係について考えよう」というスタンスを共有してきたということ(蔡英文総統もこのような趣旨の発言をしています)。おそらく、これが親日感情の源泉ではないかと思います。

空港からホテルに案内してくれたガイドさん(20代の男性)とも20分ほどお話しさせてもらいました。高校生のときに日本語を学び始め、大学でも日本語を専攻。「日本統治のことは学校で学んだが、若い人たちは細かいことまでは知らないのではないか」とのこと。「毎年日本を訪問している(東京、大阪、名古屋、など)。今度は仙台に行きたい」と言っていたので、「震災、復興、未来について、仙台の人たち(特に若者たち)と是非語り合って下さい」と伝えておきました。

その後もSNSでメッセージをやりとりする中で、政治の話題も出てきました。来年1月に総統選を控えている台湾。メディアでは「現職の蔡英文氏(台湾独立派)が優勢」と伝えており、中でも若い世代からの支持が厚いとのこと。ガイドさんも同じ思いを持っており、「香港のようにはなりたくない」と言っていたのが印象的でした。

10月にも台湾を訪れ、興味の赴くままに散策してみました。前回を含め、街を歩きながら現地の人たちと話す中で、「民間レベルの交流において、台湾は世界の中で最も日本に近い場所」ということを実感。日本語、英語、台湾華語(台湾で話されている中国語)を交えた、細かいことを気にしないコミュニケーションスタイルにも面白さを覚えました。

このアクションをきっかけとして、台湾は僕にとって身近な場所になりました。そんな台湾には、これからも日本の良きパートナーであってほしいと思っています。そのために、僕にできることは何か。それは、プロデューサーとして両国間の交流を促進すること。その中でも、特に若者たちによるインタクラションが日台関係を発展させる原動力になると信じています。