2016-04-11

祖父が生きた時代

僕は父方の祖父とこの世で会うことができませんでした。僕が生まれる前に、病気で亡くなってしまったのです。青年団のリーダーを任されるくらいの、聡明で大らかな人だったようですね。僕はそんな祖父と話がしたかった。しかし、もうこの世ではそれは叶いません。

そんな祖父の若かりし頃の写真を見るたびに、様々な想いが込み上げてきます。水兵の姿をした祖父。彼は自ら志願して軍に入隊したそうです。航空機の整備兵として各地を転々し、結果として生きて故郷の安曇野に帰ってくることができました。

父は「祖父を始めとして、あの時代を生き抜いた人たちは戦争のことをあまり語ろうとしない」と言います。もし祖父が生きていたら、僕は本人が抱える辛さを承知の上で敢えて話を切り出すだろうと思います。「教科書や学校の授業だけでは分からないことが沢山ある。それを後世に伝えるのもあなたの使命ではないのか」と。

昨年の3月に沖縄に行ってきました。いつかは行きたいと思っていた場所。暖かい気候、きれいな海、明るい音楽を体感したいのはもちろんのこと、太平洋戦争で住民を巻き込んだ大規模な戦闘が行われたという事実を自分の目で確かめたい。そんな想いが強かったのです。

僕は旅をするとき、可能な限り戦跡や戦争関連の資料館を訪れます。幕末から終戦にかけて日本で何が起こっていたのか。それが、現代の日本にどうつながっているのか。それを学んだ上で、これからの日本のことを考えられるのではないかと思っています。

近現代史を学ぶことは、現代に生きる僕らのルーツを探ることであり、また、これから僕らがどう進めばよいか考える際のヒントになります。同時に、実感を持って語れる人から話を聞き、現場を訪れて体感することも大切です。

祖父のことを思うたびに、そんなことをいつも考えています。できることなら、彼と向き合って話がしたい。しかし、もうそれは永遠に叶わないのです。